田村俊子関連エントリー

瀬戸内晴美:田村俊子

田村俊子 瀬戸内 晴美 昔はのどかで良いのう。 田村俊子という作家自体は知らない。本も読んだことない。 それ以前に手に入るのか?文学全集とかそういうのに入ってそうだけど、高いしなー。 ...

瀬戸内晴美:田村俊子

田村俊子の世界

田村俊子の世界?作品と言説空間の変容 山崎 眞紀子 頼んでいた本がきたー。田村俊子という人、作品そのものよりも作品論や評伝の方が手に取りやすい、というのはやっぱり作家としては哀しいでしょうね。 ...

田村俊子の世界

田村俊子ー谷中天王寺町の日々

田村俊子?谷中天王寺町の日々 侮蔑と嘲笑、暴力、そして貧困。しかし、俊子が作家として誕生したのは、夫・松魚との愛と憎しみの葛藤のなかからであった。 ... 実際に結婚したことが大きく以前に 田村俊子 瀬戸内 晴美 を読んだときと違っている。 ...

田村俊子ー谷中天王寺町の日々

「『かの子繚乱』その後」に見る谷崎潤一郎

... 瀬戸内は「田村俊子」で文名をあげ、そして「かの子繚乱」で決定打ともいえる作家として不動の地位を築いたといっていいでしょう。そんな瀬戸内がその続編とでもいうべき岡本かの子にこだわったのは ...

「『かの子繚乱』その後」に見る谷崎潤一郎

『文士のきもの』近藤富枝(河出書房新社)

樋口一葉、田村俊子、永井荷風、谷崎潤一郎、舟橋聖一、立原正秋、川端康成、久保田万太郎、宇野千代、宇野浩二・近松近江、長谷川時雨、岡本かの子、夏目漱石、幸田文、尾崎紅葉、円地文子、吉屋信子 ...

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田村俊子とは?

田村 俊子 (たむら としこ、女性、1884年4月25日-1945年4月16日) は、日本の小説家。別名、佐藤露英、佐藤俊子、本名、佐藤とし。東京浅草(現在の台東区)蔵前生れ。東京都立白鴎高等学校・付属中学校 東京府立第一高等女学校卒業、日本女子大学 日本女子大学校国文科中退。代表作は『木乃伊(みいら)の口紅』、『炮烙(ほうらく)の刑』など。官能的な退廃美の世界を描き、人気を得た。没後、田村俊子賞が創設された。
代々続く札差だったという米穀商の家に生まれる。1902年に幸田露伴の門下に入り、露伴から与えられた露英の名で、小説『露分衣(つゆわけごろも)』を発表するも、露伴から離れ、岡本綺堂らの文士劇に参加したことをきっかけに女優になる。女優としての芸名は花房露子。しかし文学への意欲は失われず、1909年に結婚(事実婚)した田村松魚の勧めで書いた『あきらめ』が、1911年朝日新聞 大阪朝日新聞懸賞小説一等になり文壇デビュー、その後「青鞜」、「中央公論」、「新潮」に次々と小説を発表し、人気作家となる。しかしそれも長くは続かず、1918年、朝日新聞記者鈴木悦の後を追い、松魚と別れバンクーバー (ブリティッシュコロンビア州) バンクーバーへ移住。1936年、悦の死去により18年ぶりに帰国。日本で小説家としての活動を再開したが、かつての筆力はなく、また佐多稲子の夫である窪川鶴次郎との情事が発覚、その経験を基に書いた小説『山道』を発表後、日本を離れ、上海で脳溢血により客死した。享年62。墓所は鎌倉市 鎌倉の東慶寺にある。

田村俊子の詳細